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ロゴ【選挙プランナー・選挙コンサル会社FOLIUMの政治広報チーム】
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現職政治家は、選挙の1年前に何をしておくべきか。

1月10日
読了時間: 4分

更新日:8月16日

選挙は、投票日に決まるのではない。その一年前、まだ誰も選挙のことを話題にしていない時期に、勝敗の大勢はすでに固まっている。そう言い切っても、言い過ぎではないと思う。地盤も看板も鞄も持たずに議席を得た経験からそう感じている。


告示から投票日までの数日間に、現職ができることは驚くほど少ない。街頭に立ち、ポスターを貼り、支援を訴える。だが、それらは一年かけて積み上げてきたものを世に出す「発表の場」にすぎない。その発表に耐えるだけの中身を、告示の前にどれだけ用意できているか。問われているのは、まさにそこである。


にもかかわらず、多くの現職は、告示の数か月前になってようやく重い腰を上げる。前回の選挙が無投票だった、あるいは大差だったという理由で、この一年を軽く見る者も少なくない。しかし対立候補が現れるかどうかは、本人の努力とは無関係に決まる。安泰だと思われていた選挙区に、ある日突然、勢いのある新人が名乗りを上げることは珍しくない。情勢が読めない以上、すべての現職は、接戦になる前提でこの一年を過ごすべきだと考える。


現職には、現職であるがゆえの油断がある。役職として日々の仕事はこなしているという安心感が、有権者への発信を怠る言い訳になりやすい。だが有権者が見ているのは、行政マンとしての仕事ぶりではなく、政治家としてどれだけ自分たちに向き合ってきたかである。この違いに気づかないまま一年を終える現職を、これまで何人も見てきた。


まず取り組むべきは、実績の言語化である。行政の現場でどれだけ実務を積み重ねても、それが本人の記憶の中にしかなければ、有権者にとっては何もしていないのと同じである。数字を伴う具体的な成果として、誰の目にも分かる形に翻訳する作業を、今のうちに済ませておかねばならない。地道な行政実務ほど、本人には当たり前でも外からは見えていない。その落差を埋める作業を後回しにする現職があまりに多い。


次に、支持者との関係を点検すべきである。後援会名簿の中に、もう何年も顔を合わせていない名前はないか。前回の選挙で頭を下げてくれた一人ひとりに、その後どれだけ顔を見せてきたか。人との関係は、選挙が近づいてから慌てて温め直せるものではなく、日頃の積み重ねが、そのまま選挙運動初日の勢いになる。


そして、公職選挙法が定める境界線を、今一度正確に理解しておく必要がある。選挙運動は、立候補の届出が受理されてから投票日前日までしか行えない。それ以前の選挙運動は事前運動として禁じられており、違反すれば禁錮や罰金の対象になる。だが、政治活動としての発信は、選挙前から続けることができる。この一年に何を発信し、誰に届けてきたかが、選挙運動が始まった瞬間の伸び方を大きく左右する。


資金と組織の備えも、決して怠ってはならない。政治資金収支報告書に不備はないか、出納責任者や事務局の体制は選挙に耐えられるか、有償で動けるスタッフとボランティアの境界を、関係者全員が正しく理解しているか。善意で手伝ってくれる支援者ほど、この境界を軽く見がちである。だが、ここでの認識の甘さは、連座制という形で、本人だけでなく支援者までも巻き込む。軽んじてよい論点では、決してない。


情勢を見極め、想定される批判への答えを用意しておくことも欠かせない。国政や県政の風向きは、地方選挙にも直接影響する。自分の選挙区だけでなく、より大きな政治の流れにも目を配っておくべきである。記者からどう問われても揺らがない答えを、事前に自分の言葉で用意できているか。これもまた、告示後では間に合わない仕事である。


一年をどう過ごしたかは、必ず告示後に表れる。慌てて実績集を刷り、慌てて挨拶回りを詰め込む陣営と、粛々と持ち駒を並べるだけの陣営とでは、最初の数日間の勢いからして違う。かつては、その差が伝わるまでに時間がかかった。しかし今は違う。告示と同時に、支持者のスマートフォンを通じて、その差は瞬く間に選挙区の隅々まで広がっていく。一年間積み上げてきたものが、告示の瞬間に一気に解き放たれる。その回線を、告示の前日になって慌てて用意しようとする現職を、私は見たくない。



高野 祐大

 
 
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