石川県知事選で揺らぐ現職最強説
3月8日に投開票された石川県知事選挙で、前金沢市長の山野之義氏が、現職の馳浩氏を破って初当選した。得票は山野氏が24万5,674票、馳氏が23万9,564票。その差はわずか6,110票だった。現職の馳氏が2期目を目指す選挙でありながら、新人の山野氏が競り勝った形だ。今回の結果を見て、改めて感じることがある。
それは、「現職だから有利」という考え方だけでは、これからの選挙を読み切れなくなっているということだ。もちろん、現職には大きな強みがある。任期中の活動によって知名度を高めることができ、議員や首長という肩書そのものにも一定の信用がある。支援団体や地方議員とのつながりも築きやすく、選挙までの数年間を政治活動に使えるという点では、新人候補より圧倒的に有利な立場にいる。それでも負けることがある。
今回の石川県知事選は、そのことを強く印象づけた選挙だった。とりわけ興味深いのは、選挙を支える「組織」の違いである。地元報道によれば、山野氏を支持した石川県議は40人中わずか1人。一方で馳氏は自民党の推薦を受け、組織面では優位に立っていた。それでも結果は逆転した。だからといって、「これからは組織が必要ない」という話ではない。組織は今でも選挙の大きな力である。しかし、組織があることと、有権者から支持されることは同じではない。ここに、これからの現職政治家が考えるべき大きなテーマがある。
選挙に強い現職と聞くと、地域の行事に顔を出し、駅に立ち、議会報告を配り、後援会を広げている姿を思い浮かべる人も多いだろう。こうした活動は当然重要であるし、決してなくなるものではない。しかし、有権者が政治家を知る方法は大きく変わった。以前であれば、政治家に接する機会は限られていた。街頭演説、地域行事、新聞、テレビ、議会報告などが中心だった。今は違う。スマートフォンを開けば、政治家本人の発信を見ることができる。どのような政策を考えているのかだけではなく、普段どのような活動をしているのか、どんな言葉で話すのか、どんな問題意識を持っているのかまで、有権者は日常的に知ることができる。つまり、現職として4年間活動しているだけでは、その4年間が有権者に伝わっているとは限らないのである。ここを混同すると危険だ。
本人からすれば、毎日のように公務をこなし、議会に出席し、地域を回り、行政と議論している。非常に忙しい。ところが、その活動を発信していなければ、多くの有権者にとっては「この4年間、何をしていたのか分からない」ということにもなり得る。政治家の仕事には、「仕事をすること」と「仕事を伝えること」の両方が必要になっている。しかも、選挙が近づいてから慌てて伝え始めればよいわけではない。選挙の半年前になってSNSを始める。急に動画を増やす。駅頭の回数を増やす。ポスターを貼り替える。もちろん、それをしないよりはした方がいい。しかし、有権者との関係は短期間ではつくれない。日頃から活動を発信し、政策を説明し、ときには人柄を見せながら、有権者との接点を積み重ねていく。その積み重ねによって、「この人はこういう政治家だ」というイメージが少しずつ形成されていく。
企業で言えば、これはブランドづくりに近い。政治家にもブランドがある。ここで言うブランドとは、格好いいロゴをつくることでも、きれいなポスターをつくることでもない。名前を聞いたときに、有権者の頭の中に何が浮かぶか。どんな人なのか。何を大切にしているのか。何を実現してきたのか。これから何をしようとしているのか。そのイメージの積み重ねが、政治家のブランドになる。現職には、本来このブランドをつくるための時間が十分にある。任期が4年間なら、選挙まで約1,400日ある。新人候補が数カ月でつくらなければならない認知や信頼を、現職は何年もかけて築くことができる。そう考えれば、現職は圧倒的に有利なはずである。問題は、その時間を使っているかどうかだ。
「選挙は選挙期間になってから始まる」という感覚のままでは、せっかくの現職というアドバンテージを十分に生かすことができない。むしろ現職に必要なのは、任期中から次の選挙を見据えて広報を続けることである。これは、選挙運動を4年間続けろという意味ではない。政治家として日々行っている活動を、きちんと有権者に届け続けるということだ。政策をつくる。議会で質問する。地域を回る。行政と交渉する。成果が出る。そこで終わるのではなく、それを分かりやすい言葉や写真、動画に変換し、有権者に届けるところまでを政治活動の一部として考える。そして、時代に合わせて見せ方も変えていく。4年前と同じポスター、同じホームページ、同じ発信方法を続けていればいいとは限らない。有権者も変わる。社会も変わる。メディアも変わる。政治家自身の見せ方も、少しずつ更新していかなければならない。
2月の衆院選では、チームみらいの躍進によって、組織や地盤を持たない新しい政治勢力がネットを通じて支持を広げる姿が鮮明になった。そして今月の石川県知事選では、組織や現職という強みを持っていても、それだけでは勝利が保証されないことが示された。一見すると違う選挙だが、根底にある変化は同じなのかもしれない。有権者との接点のつくり方が変わっているのである。選挙は、告示日から始まるものではない。現職であれば、当選した翌日から次の選挙までの時間そのものが、有権者との信頼を積み上げる期間になる。組織があるから大丈夫。現職だから大丈夫。前回勝ったから大丈夫。そんな「大丈夫」が、以前ほど大丈夫ではなくなっている。だからこそ、現職政治家は強みを持っている間に、その強みを磨き続けなければならない。
リアルで地域を歩きながら、ネットでも有権者との接点をつくる。実績を積みながら、それをきちんと伝える。そして、自分自身の政治家としてのブランドを時代に合わせて更新し続ける。選挙直前の数週間ではなく、任期中の数年間をどう使うか。これからの選挙では、その差がますます大きくなっていくのではないだろうか。
高野 祐大





