選挙の「当たり前」が変わった2025年
2025年も、残すところあとわずかとなった。
今年の政治を振り返れば、さまざまな出来事があった。しかし、選挙や政治広報という視点から見たとき、2025年は一つの転換点として記憶される一年になるのではないかと思う。その変化を一言で表すなら、選挙における「当たり前」が大きく変わった一年だった。
これまで選挙に強い候補者といえば、地域に強固な地盤を持ち、後援会を組織し、駅頭や街頭活動を重ね、ポスターや選挙公報で名前を浸透させる姿が思い浮かんだ。もちろん、こうした活動の重要性は今も変わらない。一方で今年は、それだけでは説明できない選挙が目立った。
象徴的だったのが、7月の参議院議員選挙である。SNSや動画を通じて支持を広げる政党や候補者が存在感を高め、政治家本人の発信だけでなく、第三者による切り抜き動画も大量に流通した。政治に関する動画が数百万回再生されることも、もはや珍しい光景ではなくなった。
同じ参院選では、結党から間もないチームみらいが比例代表で議席を獲得し、国政政党となった。従来型の大規模な組織とは異なる形で支持を集め、新しい政治参加のあり方を示したことも、今年を象徴する出来事の一つだった。
私自身も今年、松伏町長選挙を戦う中で、こうした変化を実感することになった。地域を歩き、一人ひとりと向き合う活動を大切にしながら、SNSや動画を通じても考えや政策を発信する。リアルとネットを分けるのではなく、双方を組み合わせて有権者との接点をつくっていくことの重要性を、選挙の現場で改めて感じた。
こうした動きを見ていると、「ネット選挙」という言葉そのものが、少し古くなり始めているようにも感じる。インターネットを使う選挙と、使わない選挙があるのではない。今では、リアルの活動とネット上の活動が同時に存在していることを前提に選挙を考える必要がある。駅前で演説をすれば、その場にいた100人だけが聞くとは限らない。スマートフォンで撮影された映像がSNSに投稿されれば、数千人、数万人に届く可能性がある。
議会での発言も同じだ。以前なら議事録の中に残るだけだった発言が、短い動画になり、議員本人を知らなかった人にまで届くことがある。反対に、どれほど熱心に活動していても、それがネット上にほとんど残っていなければ、多くの有権者からは見えないままということも起こる。つまり、政治活動そのものと、それをどう伝えるかを切り離して考えることが難しくなってきたのである。
ただし、2025年に起きた変化を「SNSを頑張れば選挙に勝てるようになった」と理解するのは早計だろう。今年の選挙を見ていて、むしろ重要だと感じたのは、発信手段が増えたことで候補者自身の違いが、これまで以上にはっきり見えるようになったことだ。何を訴えているのか。どのような言葉で話すのか。質問されたときにどう答えるのか。普段どんな活動をしているのか。SNSでは、そうした情報が日々蓄積されていく。ポスターや選挙公報だけで候補者像をつくることができた時代とは違い、現在は選挙が始まる前から大量の情報を有権者に見られている。
これは、現職にも新人にも大きな変化である。現職であれば、任期中の活動を何年間も発信することができる。新人であっても、早い段階から発信を始めれば、従来より短い期間で多くの人に名前や考えを知ってもらえる可能性がある。言い換えれば、候補者本人の行動次第で「選挙前の時間」の価値が大きく変わるようになった。これまで選挙準備というと、後援会をつくる、ポスターを貼る、名簿を集める、地域を回るといった活動が中心だった。これからは、そこにもう一つ重要な仕事が加わる。自分自身の情報を蓄積していくことである。
ホームページを整える。写真を撮る。活動を記録する。政策を分かりやすく説明する。動画を残す。そして、継続して発信する。一つひとつは派手なことではないが、半年後、一年後、三年後には大きな差になる。特に政治家の場合、「知ってもらう」だけでは十分ではない。名前を知ってもらった後に、どんな人なのか、何を考えているのか、何をしてきたのかまで理解してもらわなければ、支持にはつながりにくい。そのためには、一度だけ大きく注目を集めることより、日常的な接点を積み重ねることの方が重要な場合も多い。これは、昔ながらの「どぶ板選挙」とよく似ている。
地域を歩き、一人ひとりと会い、何度も顔を合わせることで信頼をつくる。ネット上でも基本は変わらない。一度投稿して終わるのではなく、何度も見てもらい、活動や考えを知ってもらう。その積み重ねによって、少しずつ距離を縮めていく。手段がデジタルになっても、人が人を信頼するまでの過程そのものが大きく変わったわけではない。そして2025年は、そのリアルとデジタルの境界が、いよいよなくなり始めた一年だったように思う。
選挙カー、ポスター、ビラ、街頭演説、後援会。SNS、ショート動画、YouTube、Webサイト、デジタル広告。どちらか一方を選ぶのではなく、それぞれの役割を理解し、一つの選挙戦略として組み合わせていく。これから求められるのは、そうした発想だろう。選挙の制度そのものは、急には変わらない。しかし、有権者が政治家を知る方法は、すでに大きく変わっている。2025年は、その変化が誰の目にも見える形になった一年だった。数年後に振り返ったとき、「あの頃から選挙のやり方が変わった」と言われることになるかもしれない。少なくとも、選挙直前になって初めて広報を考える時代は、終わりつつある。
次の選挙は、告示日から始まるのではない。今日の活動をどう伝えるか、その積み重ねから、すでに始まっている。2026年も、政治や選挙を取り巻く環境はさらに変化していくだろう。だからこそ、これまでの「当たり前」にとらわれず、新しい時代に合った伝え方や選挙のあり方を、皆さんと一緒に考えていきたい。
来年も、どうぞよろしくお願いいたします。
高野祐大





